最高裁判所第一小法廷 昭和32年(オ)880号 判決 1959年2月12日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人弁護士勅使河原直三郎の上告理由第一点ないし第三点について。
しかし、原判決の適法に確定したところによれば、本件控訴人(被上告人)の祖父大竹丑太郎から被控訴人(上告人)先代亡大竹丑次郎に対しなされた本件山林の売買は、通謀虚偽表示により無効のものであり、従つて、これに基く所有権移転登記もまた無効であるというのであるから、丑次郎を相続した上告人もまた架空の権利を有するに過ぎないものといわなければならない。また、他方において原判決は、控訴人は丑太郎の家督相続人竹四郎の長女ミツヲと婿養子縁組をすると同時に竹四郎から本件山林の贈与を受けた事実を確定しているのであるから、被上告人(控訴人)は、本件山林の実質的所有者といわなければならない。そして、かようなある不動産につき実質上所有権を有せず登記簿上所有者として表示されているに過ぎない架空の権利者は、実体上の権利を取得した被上告人に対しては、その登記の欠缺を主張し得ないものである(昭和二四年九月二七日第三小法廷判決、民事判例集三巻一〇号四二四頁以下参照)。されば、所論第一点、第二点は採るを得ない。また、不動産の登記簿上の所有名義人は、真正の所有者に対し、その所有権の公示に協力すべき義務を有するものであるから、真正の所有者は、所有権に基き所有名義人に対し所有権移転登記の請求をなしうるものであり(昭和三〇年七月五日第三小法廷判決、民事判例集九巻九号一〇〇二頁以下参照)、そして、かかる移転登記を命ずる判決において判決主文に登記原因を示さなければならないとする理由も認められないのであるから、所論第三点も採るを得ない。
同第四点について。
しかし、本件山林について原判決は、所論の返還請求のほか、控訴人(被上告人)は、そこで竹四郎の命で大正時代に三回ほど、昭和一四、五年頃一回立木を伐採して炭焼をした事実を認めたのに反し、被控訴人(上告人)丑蔵側においてはこれを占有し使用収益を続けたことを認むるに足る証拠はなく、登記名義が被控訴人側にあること、これを担保に供したことは占有とは関係ないし、一回の炭焼では占有の継続とはならない旨判示しているような事情にあつたばかりでなく、上告人は、所論信義誠実並びに権利濫用の主張は原審でしなかつたのであるから、所論は採ることができない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 斉藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 高木常七)